事務所の敏文庫を整理しつつ何気なく時実新子編の「日本の名随筆『川柳』」をぱらぱらと捲っていたら、思いがけず秋山 清の随筆「鶴彬」を見つけた。鶴彬に関しての書籍は深井一郎の「反戦川柳作家鶴彬」をはじめ最近は吉橋通夫の「小説鶴彬 暁を抱いて」等は読んでいたが、鶴彬と同じ職場で働いていた人が書いた随筆にとても惹かれて帰りの電車の中で一気に読み終えた。◆昭和12年、東京・木場の木材通信という業界新聞社は剣花坊夫人井上信子に鶴彬の就職を依頼された。この新聞社の企画局長は剣花坊の門人だったので、鶴彬は採用されこの随筆の作者秋山 清について木場を歩いた。◆鶴彬が反戦的な「しゃもの国綺譚」の連作川柳を「川柳と自由」に発表した時秋山 清は翌月号に作品評として「これは非文学すぎる、検閲の目が光るから、検閲の目をくぐりぬけて民衆の胸に飛び込むのでなければ川柳の値打ちがあない」と書いている。◆秋山清なりの鶴彬への助言だが、これに対して鶴彬はどう答えたか走る由もない。何となく人間的なもの、当時の世相における川柳人の生き方をアドバイスしているようにも思えた。鶴彬は決して神様ではなくごく普通の川柳人です。